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新しい区長の誕生をどう思うか

長い間大田区は行政出身の区長が続いてきて、ある意味では手堅いけれども、新しい発想力や新しいことに挑戦をしていこうという自由なのびのびとした区政ではなかったというように思います。そういう中で区議会議員を経験して、都議会議員を経験した、行政出身ではない新しい区長が生まれたということは、大田区民の新しい夢やアイデア、そして区民、都民の願いが、今までには無いような夢が実現される可能性があるのではないかなと思います。

選挙中も様々なことを公約に掲げておられましたけれども、一つには民間区長を誕生させようということで、より多くの施策に民間活力を導入していこうということ、羽田空港を国際空港化してそのメリットを大田区に導入していく、国際都市大田区を作るんだということだったと思います。

今までの西野区政とかけ離れたものではないが、役所で作った素案を区長が優先順位をつけるという手法から、今の大田区にとって何が必要なのかという、ある意味では区民の発送を大事にしてそれを形にしていくというところが、大田区政が変わっていく可能性があるのではないかと思っています。私も自民党の仲間であり、先輩であった松原さんが出馬されることになって、全力で松原区長当選のために協力をさせていただきましたので、これからも松原区長に、私が望むこと、あるいは松原区長が目指すこと、それを早く形にできるよう、全力で協力していきたいと思っております。

松原区政、松原区長に望むこと

治安、防災、それには町の力を結集して、ふれあい、大田区を作っていくということを言ってらっしゃいました。今までは東京都と大田区の連携がいまひとつ弱かったのかな、というところがありました。やはり都議会議員出身ということを最大限に活かしていただきたいですね。今、石原新太郎東京都政が、水と緑の都市東京を作ろうということで、運河の活性化、緑化、綺麗な川や運河を取り戻していく、あるいは観光の視点を持って、大田区の場合は田園調布を中心とする高級住宅街、蒲田糀谷等の工場地帯、大森から羽田に通ずる海辺のエリア、山の手があり、海の手とあえて言いたいんですけれども、そういった地帯があり、工場地帯がある。そういった大田区の魅力あるエリアを、さらに強くしていってほしい。また、生活に関わらず物を処理をしていく、リサイクルをしていく、そういうような施設が集約されていますが、これからは、より観光的なものを取り入れた施策を期待したいと思っています。

大田区政の今後の展開について

区長も強調しているように、羽田空港を持つ都市である、そういう視点から、羽田空港のメリットを導入できるような大田区を目指して欲しいと思っています。外国からのお客さんが羽田空港を使う、そして大田区に滞在をしてくれる、あるいは大田区の魅力に触れてもらう、そういう視点を取り入れた施策を展開してほしいと思います。来年の4月には区役所の中に観光課を設立するといっていますけれども、観光資源として大田市場、羽田区、海上公園、あるいは大田区の歴史文化を担っている本紋寺を中心とするお寺や神社、多摩川の清流復活、天然モノの鮎を増やしていこうという取り組みをしていますけれども、多摩川を利用したレガッタレースをやってみたりとか、そのためには多摩川をより綺麗で、清流化の整備を進めてほしい。

商店街が大変衰退をしていますけれども、今、安全安心の街づくりをしていくには、子育ての場として、あるいは子供を見守ってくれる商店街として、地産地消の商店街として、生活をしている中ですぐ消費者区民の苦情に対して対応してくれるような機動力のある商店。そういった集積である商店が、今後活力を取り戻すために、東京都の施策と連動して、商店街が元気になるように、お互いに協力しあって努力をしていきたいなと思っているところです。

大田区も高齢化が著しく進展している町ですけれども、そういったなかで、今例えば、妊婦がたらいまわしにされて子供が亡くなるという悲惨なニュースが先日もありました。そうならないためには、子育てをする上で産科医を増やしていく、その後の子育てのために公園の整備、身近な公園の整備などが必要だと思います。お年寄りが三ヶ月ごとに病院をうつらなければならないという政策が採られようとしていますけれども、こういったものに対する対策というものを、国と対立してでも東京都と大田区が中心になって、高齢者のための対策を採っていかなければならないと思っております。お年寄りが本当に安心して住める大田区を作っていかなければならない。
障害者自立支援法が作られた今でも、障害者が健常者と町の中でいっしょに暮らしていけるような街づくりを目指していく。障害者が活躍できるような、仕事のできる、就労の場、そういうのを民間の協力を得て増やしていかなければならない。大田区の活力を伸ばしていくためには、やはりこの東京の城南工場地帯といわれていた、町工場をしっかりとサポートしていく、そういうことが必要です。今までの大企業の歯車として労働力を担ってきた大田区、ではなくて、オンリーワンあるいは大田区ならではの技術力を製品化していくための町工場を再生していかなければならないと私自身考えていますし、ものづくりのメッカであり中心地である大田区が、人づくり、そのための六号工科高等学校、新しい商業専門学校、こういったものを通じてのものづくりを支える人材育成をしていかなければならない。東京の南の表玄関が大田区ですから、それにふさわしい国際都市、大田区を松原区長といっしょになって作っていきたい、そう考えています。

JR蒲田と京急蒲田は800M離れている。これを繋ぐことで、より便利な大田区にしていきたい。優先順位があって、十年以内に実現をすべき路線として取り上げられているが、隣接する目黒区や世田谷区、品川区の協力が必要になってきます。今、この構想にあがっている路線を蒲々線と呼んでいますが、今後は国に対してより強く働きかけなければならない。大田区近辺は縦の便はいいが、横は悪い。松原区長との懇談会の中で、蒲々線の実現に向かって、協力してもらいたいという要請があった。より良い大田区を実現させるため、もちろん全力でこれに応える所存です。

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